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石見美術館学芸員 川西由里さんに聞く-めがねと旅する美術展と益田文化の可能性

島根県立石見美術館(グラントワ)で開催された「めがねと旅する美術展」は、川西さんが青森県や静岡県の学芸員の方と結成されたトリメガ研究所企画の第3弾。グラントワでは1万人の来場者数を達成し、現在は静岡へ巡回中です。無事に会期を終えた川西さんへ、展覧会と地方美術館のあり方についてお聞きしました。

 

 

「めがねと旅する美術展」はどんな展覧会でしょうか?みどころを教えてください。

 

川西さん(以下、川西):「めがね」は「みる」ための道具ですが、漠然とではなく、意識的に何かを見たい時に使うものですよね。私も常にめがねを着用していて、これがないと世の中がぼんやりとしか見えません。めがねは、この世界をクリアに見せてくれるものですが、美術作品というのもまた、世界を認識するための「のぞき窓」ではないかと考えています。
この展覧会では「見えないものをみる」「秘密をのぞく」「だまされてみる」といったテーマを設定し、私たちに「見えることの快楽」を与えてくれる作品を集めました。
現代アートが中心ですが、江戸時代の浮世絵、近代絵画、地図、人工衛星や電子顕微鏡の画像、ステレオ写真、アニメ、最先端のVR・・・などなど、時代やジャンルにとらわれないラインナップもみどころです。よく知られた作品もありますが、テーマ設定や隣どうしの作品との組み合わせの妙なども、楽しんでいただきたいと思います。

 

 

本展覧会には益田ゆかりの現代作家が3名選出されています。彼らの起用の意図をお伺いできますか?

 

川西:地元の作家さんをぜひにという気持ちはありましたが、作家や作品の選定は青森の工藤さん、静岡の村上さんと相談しながらしていますので、当然ながら作品が展覧会コンセプトに沿ったものかどうかが重要でした。
野村さんの《Noctis Labyrinthus》は個展で拝見して、火星の等高線のデータから地形を描くという、まさに「肉眼で誰も見たことがないもの」を絵にしているという点から、望遠鏡的な絵画の先端に位置付けられるのではないかと感じました。展覧会を組み立てながら、浮世絵の名所図から始まって、吉田初三郎の鳥瞰図、松江泰治さんの空撮写真、JAXAの人工衛星が撮った地上の画像・・・ときて、野村さんの作品で未来への展望を見せる・・・という構想がひらめいたんです。それから、野村さんは近年は次元という課題に取り組まれていますけど、これは平川紀道さんにも共通するテーマですよね。四次元以上という、私たちが頭の中に描くことも難しい世界、まさに「みえないもの」を美術として表現しているという点で、野村さんと平川さんをあわせて紹介したいとも思いました。でも実は平川さんを最初に推したのは工藤さんなんです、メディアアートの分野ではやはりこの人!ということで。
大畑稔浩さんは「写実」とされるジャンルで油彩を描かれている方なので、お二人とはかけ離れているようにも感じますが、お話するうちに、二次元平面の中に奥行きはもちろん、時間も表現しているということをうかがい、おやまた「次元」が出てきた、という感じで……面白かったです。
「みる」をテーマとするなら写実の作家さんも入れるべきだ!という主張は村上さんから出てきたものです。それでいろんな作家さんを検討しているうちに、大畑さんの写実だけれどだまし絵的な要素もある作品が面白いんじゃないか、ということになりました。

 

 

石見美術館での会期がスタートして、市民からの感想や反響はありましたか?

 

川西:ふだんの展覧会以上に、「街のうわさ」的な声がきこえてきました。美容院やカフェの店員さんが、「面白かったとか、行きたいとか言ってる人多いよ」と教えてくれたり。老若男女、いろんな層の人が楽しんでくださったようですね。普段は授業でいやいや連れてこられた感丸出しの高校生たちも、集合時間になってもずっと観ていたり。展示室から「わー」とか「きゃー」という声がきこえるのも珍しいですね。芸術は神妙に鑑賞すべし、という概念がこれで吹っ飛ぶといいな、と思っています。
あと、やはり野村さんたち石見の作家さんたちを「応援せにゃ」という声もたくさんきかれます。物故作家や大御所の検証ももちろん大切ですが、やはり現役で、これから活躍してほしいと思わせてくれる作家さんたちをきちんと紹介するのも、美術館の役目であると、改めて感じました。

 

 

トリメガ研究所の活動は美術業界でも先進的だと思います。石見美術館として他の地方美術館と差別化を図るために取り組んできたことはありますか?

 

川西:トリメガ研究所は、専門分野も学芸員としてのタイプも全然違うけれど、今の美術館業界に対する思いが似たところのある3人が、一緒に展覧会を作るうちに誕生したものです。青森、静岡、島根の3人で活動する中で「地方美術館どうしだからできること」を考えるようになりました。2014年に「美少女の美術史」展をやった時には、さんざん「なぜ東京でやらない」と言われたこともあって、東京中心主義への対抗意識で「東京にない面白いものを地方で見せる!」とメラメラしていましたが(笑)、今回の「めがね展」は、ローカルの面白さを見せる方に気持ちがシフトしました。
風景がモチーフの作品が多いので、青森・静岡・島根(石見)を描いた作品を集めていたら、現代作家さんも新作を作ってくださって、より特色が出たと思います。
石見美術館は2005年の開館で、私にとって最初の職場なんですが、後発の美術館だし、県庁所在地でないところに立地していて人口も少ない、そして私には経験がない!と、すでに他と差がつきまくっていたので、他ではやらない変わったことをやってみようという気持ちは、ずいぶん前からありました。
でも正直なところ、はじめのうちは目の前の仕事をこなすのに精一杯で、地域の歴史文化をいかした企画を考えようという気持ちになれたのは、開館して5年目ぐらいからでした。

 

 

MASプロジェクトでは、益田ゆかりのアーティストをサポートすることはもちろんですが、益田市民が当事者になることで文化意識の向上を目指そうという狙いもあります。
そうした意味でも川西さんがこれまで企画されてきた、古文書に記された戦国時代の宴会を、料理と芸能で再現する「よみがえる戦国の宴」企画など、益田の潜在的な文化資産を掘り起こす活動は大きなヒントになると思います。益田出身ではない視点から益田文化のどのような点に興味を見出されたか教えてください。

 

川西:館蔵品に、戦国時代の益田のお殿様の肖像画、《益田元祥像》があるのですが、重要文化財なのにあんまり知られてないんですよ。これをもっと有名にしたい!と思い立ち……学芸員なら作品研究に邁進すべきところですが、まぁそれは誰かにやってもらって、まずは地元の一般の方に知ってもらおうという方に行っちゃったんですね。
それで、元祥が登場するアニメを作ったりしているうちに、当の元祥が毛利元就をもてなした宴会の記録を元に、その料理を再現している“益田「中世の食」再現プロジェクト”の人々と知り合って、じゃあ一緒に新しいイベントをやろうということになりました。
このプロジェクトのメンバーは、老舗の造り酒屋や豆腐屋さんなど、地域で愛されている食品ブランドの方々で、プロジェクトは壮大だけれど地に足がついてる感じがしました。
これと別に、仏像や浮世絵をネタにした石見神楽とコンテンポラリーダンスのコラボ企画もやったのですが、第一線で活躍するダンサーさんたちと、短時間でセッションできる精鋭を集めてもらえて、石見神楽の層の厚さや、演者さんたちの能力の高さに改めて感激しました。
益田に来た時、「ここには何もないよ」と言われたんですが、どこで何を食べても本当においしいなど、日常で触れている「地のもの」が全国平均以上だと思います。が、あたりまえにありすぎて、具体的にプッシュしづらいのかもしれません。それらを取り上げる切り口を、アーティストや地域の人とあーだこーだ言いながら考えるのは、とても楽しい作業です。それは美術館の仕事なのか?と問われることもありますが、これからの美術館は、その土地にあって生きるスタイルを見つけていくべきではないでしょうか。

 

 

例えば今回の3作家のような、地元から出たアーティストと地域との関係については、どうお考えですか?また、今後益田でやってみたいことはありますか?

 

川西:みなさん、石見から東京に出て、全国区、さらにワールドワイドに活躍されてますが、今回の「めがね展」のオープニングで集まっていただいてお話をうかがったら、地元への想いはそれぞれすごくおありなんですよね。
今回は、すでに制作されていた作品をお借りしての展示になりましたが、確かなスキルと広い視野を持ったアーティストが、地元に帰ってきて今の地域とどう絡むか……というのを、見てみたいです。
この地域も人口が減っていて、若い人に残ってもらう方法も色々と考えられています。こんなこと言ったら叱られるかもしれませんが、一度は外に出た方がいいと思うんですよね。外から見る「めがね」を手に入れて戻ってきた方が、地域のこともよく見えるし、自分に何ができるかがよく分かると思います。私は大阪出身なのですが、ずっと大阪にいたら視野の狭い人間になったと思いますので。
美術館も、益田に戻ってこようと思ってもらえる環境づくりに貢献しないといけないですね。そのためには、やはり他所でやっていない企画を打ち続けていかねばと思っています。
過去の作品と現代の作品がクロスオーバーする展示を、石見とか島根に絞ってできるといいなと、まだ漠然とですが考えています。

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